書く実験の記録

#565 習慣と目標の狭間と2024年

今日は12月29日.2024年は今日含めても29日30日31日のあと3日しかない.今はもう10お昼を回っているので29日は半分しかないことになる.キーボードを使って入力をするのと音声入力を使って入力をするのとでは出来上がった文章の雑さラフサだけではなくてそもそもその考える時間みたいなものが含まれるかどうかによって内容が全く変わってくるということに気づきつつあるが今日は音声入力をしてみている.

2024年を振り返って全体を振り返ってみたいなことはこれから残りの2.5日間で何かをやりたいと思っているがそれは何のためにやるのかというと2025年をよりよく過ごすためのものであってあくまでもつまり手段でしかないということになる.

いくつか試したことはあって生活においてやるとか仕事においてあるとかまあだいたい生活と仕事はあまり自分の場合は切り離せていないというかそういうところがあるのでどこまでが生活どこまで仕事なのかということは言うことは難しいけれどもいずれにしてもいくつか試したことはある.

今年初めて見た新しい習慣みたいなものもあるし今までの習慣を少し変えてみたようなこともある.2025年にはどんな新しい習慣を身につけようかとも考える.身につけて良かった習慣もあると思うしそうでもない習慣もあると思う.

また習慣というものはそれ自体が中毒性があるというかそれ自体が目的になってしまうようなところもあってこれについては非常に悩ましいなと思っている.例えばまあ分からないが毎日プログラミングを少しやるとか毎日英語を少しでもやるみたいなものはまさに難しい.

何が難しいかというと良い部分と悪い部分が混ざっているからだ.分かりやすく完全にいいか完全に悪いかということがあれば別にそんなものは悩みもしない.多くのものはなぜ悩むのか考えてしまうのかと言うと直感で判断ができないからである.

また多くの考えを積み重ねて行くことによって直感というものが鍛えられると私自身は考えていて直感というのは昨今よく言われているように何も考えていない適当であるということではないように思っている.つまりそこに論理性が全くないなんてことはないと私は思っている.

話を戻す習慣というものの良さと悪さについて.まず例えば毎日英語やっているとかこのことに関して言うと何だろうな例えば友人に今年は毎日英語やったんだよねということ言えばそれはいいことだねってことになるだろう.

もし自分が他人からそれを言われたとしてもそのような継続しているということを言われたとしてもそれは心からそれは良いことだなと思うだろうし良いことだねと言うだろう.

自分自身も今自分がやってること自体に意味がなくてやめたほうがいいことだとは思っていない.まずこの時点でやらないよりはマシだ.やってないよりはいいとは思っている.

英語と言うたとえを出してしまったがこれに関して言うとこれからの時代にも本当にそれがどのくらい役に立つのかというのは技術の進歩によって少なくともオンラインでのコミュニケーションについてはほぼ言語の壁みたいなものを今よりもさらにもっとリアルタイムに無効化していくように思っているしそれはテクノロジーに力によってそれができるように思っているしその点においてどのくらいの価値がそれ今後も維持されるのかというとそこについては分からない.

しかし今そのようなことは置いといて今は単純に何かしらその何かを習慣化して継続して努力をするというようなことについての一例だと考えてみよう.

まあ例えば毎日運動するとかそういうことでも別に同じことだ.

毎日運動することが何の目的なのかということにもよるだろう.何の話をしてるのかよくわからなくなってきたので整理するが私が思っていることについて何をもう少し明確にするとつまり私が今年例えば英語を毎日少しずつやってきてそれ自体は全く無駄なことである完全に無駄なことである止めた方がいいと思ってはいないけれどもじゃあ実際に何か英語力がアップしているのかというとまあもちろんやらないよりアップしてるんだろうけれども目的に対して適切なレベルには全くない届いていないということを感じている.

ではじゃあそのような目的に対して適切なレベルに到達するということに対してさらに適切な方法として考えてやれているのかと言うと残念ながらそうではないと言える.あくまでもやらないよりはマシなのは事実.やらないよりはやった方がいい.

こういうことってたくさんあってもちろんそういう目的を明確に置かずに例えば毎日スケッチをしたりプログラミングでは毎日デイリーコーディングをするみたいなカルチャーがあるんだけれどもそれ自体も全然悪いことではないというかむしろいいことだしそこから生まれる作品というかその面白さみたいなものはあると思っているんだけども.

何だろうな結局目的に対して適切なのかどうかもしくはどういう目的を持ってやっているのかということによるんだろうなとは思う.

やった方がいいことというのはもちろんたくさんあって無限にあるとすら言えるぐらい本当にたくさんある.やらないよりやった方がいいことがいっぱいある.んだけど2024年がもう終わってしまうように本当に時間というものは限られていて毎年もっとこういうことができたら良かったなと思って終わるわけだから残念ながら全てのやった方がいいことを全てやることはできない.ということを毎年終わりに実感するわけだ.

音声入力だとやっぱり圧倒的に入力速度が速くて5分間でこのぐらい入力できてしまうからその方が効率がいいなとは思う.内容はちょっとぐちゃぐちゃになるけどね.

個人的にはそのように出た内容を整理することは現在の技術水準の言語モデルの AI を使うことでも全然できるので それが必要に応じてやればいいだけなので生のデータをまず出しているということは自分にとって意味はあると思って続けている.しかしこれを2025年も続けるんだろうかということについては考えなくちゃいけないだろう.他にもやりたいこといっぱいあるしね.

2024-12-29

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