#582 生の情報を残しておく/ノイズこそが価値になる

論文をAIで要約して読むみたいなのはxでよく見かける。他にも自分もなんらかのWebページを読むときに概要を掴みたい時にAIで要約したりする。
1文に要約させることもできるし、3行にまとめてとか、5項目程度に箇条書きにしてとか。もしくはもう少し長くするとか。ある程度は自由にできると言っていいだろう。
動画も、動画自体も短くできるし、動画自体は短くしなくても、例えばYouTubeを文字で概要を知ることができるようなツールもある。
あ、モタモタしていたらもう時間切れ。流石に短すぎる。今日はキーボードで入力していることもあるし。もうすこしだけ書こう。
話を戻すが。つまり、いろいろなものが、要約させることができる。もしくはもっと詳しく説明させることもできる。後者については既存の知識についてはそれがLLMの学習データにあれば引き出し方によってはできる、ということであって、創造的な内容については、あくまでも作者の中にしかないので、その限りではない。
ここで二つ思うことがあって、一つは、あらゆるものがAIのフィルタを通せるようになるだろうということ。そしてそれは、オリジナルの長さはあまり問題ではなくなるということ。そして多少の乱れも問題なくなるだろうということ。
つまり、私が書いているこの文章も、長すぎるなと思うこともあるし、文章が乱れているなということもある。でも、LLMつまりAIを通せば、文章を整えて誤字脱字をなくすこともできるし、要約させることもできる。
ということは、むしろ要約して読みやすくして情報量を減らしたものを提供するよりも、生の状態、様々なノイズが残った元々の状態をできるだけ保存しておいた方が良いのではないかと思う。
なぜならそこから情報量を減らすことは簡単になったので、情報量をあらかじめ減らしておいてあげる必要はない。減らしておいたものを保存しておいてしまうと失われた情報量は永遠に無かったことになる。
でもできるだけ情報量の多い生の状態を保存しておけば、それをその都度よしなに、必要な程度に、情報量を減らすことはできる。
もし望めば、生の状態を味わうこともできる。
もちろん完璧に要約できているのかというとまあそんなことはないし、そもそも完璧はないというか、完璧とは何か、ということもあるし、もっと現実で考えてみても、人間もそもそも完璧ではないから、それについてはまあ別に良いのではないかと思っている。
もう一つ思うことは、LLMの中にないこと、つまり人間の中にしかないことを出力することは大事になるということ。そしてノイズを残す、というかノイズを出力するということだ大事になるのではないかということ。
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