書く実験の記録

#593 映画館で観る理由 / 体験としての映画

映画はあまり見れなくなってしまった.以前は結構映画館によく行っていて.もちろん誰かと比較したら誰かよりは行っていないんだけども自分の中ではそれなりに少なくとも月に1回程度もしくはそれよりもう少し多いぐらいたまに行っているような気がした.

それが多いか少ないかという話は置いておいて自分の中ではまあそこそこ行っているなと思っていたんだけれどもどうも最近というかここ1年もしくは2年ぐらいなんだろうか正確には覚えていないんだけれども全然映画館に行かなくなってしまった.

映画館に行かなくなってしまったのか映画館に行けなくなってしまったのか.それがどちらなのかわからないけれども.とにかく結果的には以前より映画館に全然行かなくなってしまったように思っている.

これは人間関係の変化というものがもたらすものではないかと考えてしまうのだけれどもしかし1人でも結構行っていたので必ずしもその人間関係の変化だけが影響を与えてるわけではない.

確かに以前時々映画でも見に行くかというようなことをしていた友人のグループはいたんだけれども.そのグループで行くこともあまりなくなっているというのは当然あるような気がした.しかしその友人グループ自体は存在をしているしたまに食事に行ったりもするのでそれは例えばその友人グループで映画を見に行かなくなったことも一つの結果であってそれが1つのなんというか原因というわけではないだろう.

最近そういえば久しぶりに映画館に行った.しもちろん自分自身の興味もあったしまあ様々な要因があってこれは見に行かなくちゃいけないと思ったんだけれども.もしなかったらその映画は見に行っていたんだろうか見に行かなかったんだろうか.

分からないけれども見に行ってはいたような気がする.他にもその長らくそういえば映画館に行っていないなと思うその期間の中でこれは見に行きたいなと思っていた映画というのはある.

しもし行けなかったとしてもそのレンタルなどをしてみたいと思っていた映画はあった.んだけれどもじゃあその映画をその後レンタルして見ていたかと言うと思い起こしてみるとその頭に浮かんでいくつかの映画は特に見てはいない.

なんとなくの自分のイメージだと映画の公開が告知されてなんとなく面白そうだなと思って楽しみだなと思ってそこまではいいんだけれどもいざ映画が公開されるとまあ様々な事情によりなかなか行く時間が取れなかったりそもそも行くモチベーションが行くほどに高まらなかったりしてとにかくパッと行かない.

うちに徐々にまあなんだろうなインターネット上であまり話題になっていなかったことであったりもしくは結構酷評されていたりというようなものを見てまあ行かなくてもいいかみたいな気持ちになるわけだ.

でも実際には行ってみたり見てみたりすると得るものはあるし誰かの批評であまり面白くないと書いていても面白いことはある.それはたくさんある.

あとついでに言うとこれはゲームなどにも言えることなんだけれどもつまらなくても友人関係が面白ければ別にそれで成立はする.どういうことかというと自分が過去に見た映画つまり映画館で見た映画の中で最後まで見るのが苦痛だったりこれは本当にお金がもったいなかったなと感じてしまった映画が2つだけあるんだけれども.

それはどちらも友人と見に行っていてそしてそれはそれでめちゃくちゃ面白くなかったなみたいな話をその友人とするという体験は普通に面白いのである.ゲームでも同じと言ったのはそこで.例えば対戦型のゲームなどでゲームセンターなんかでやる分にはお金もかかっているしちゃんと対戦が成立するようなゲームバランスというものが求められる.

成立しないようなもし対戦がちゃんと成立しないようなゲームバランスになっていたらそれはまあ色々叩かれるわけである.

だけど何だろうな友人とそういうあまりデッキが良くないゲームをやっている時というのはまあ仲が良い友人であればそもそも勝敗を目的としていなかったりするのでつまり目的は別のところにある.価値は別のところにあるということになる.

自分が映画館に行く目的というのもこれは少し話が変わるんだけども別のところにもあると思っていてつまりその映画が面白いかどうかということだけで選んでいないと思っている.

映画館に映画を見に行くというのはまさに映画館に映画を見に行くという体験であって単に映画を見に行くという体験ではない.単に映画を見る体験ではない.

そこには暗い部屋で大きな画面で大きな音でそしてその1時間半ないしそういう時間をそのことだけに集中するというある意味ではその作品の話ではない部分にその体験の多くの部分っていうものはあると思っていて.

だから自分にとっては単に良い映画というだけではそれを映画館で見るかどうかということにはならなくてこれはコンテンツを作る人間としては映画を作る人間としてはあまり気持ちがいい話ではないかもしれない.と思いつつではあるがもちろんお金の落とし方は色々であると思っていてまあレンタルでお金落としたりとかこう設定資料集を買ったりとか.そういうこともあるのでちょっと一旦その話は置いておくとして.

映画館に映画を見に行くという体験は映画館に行くという体験の部分もかなり大きいと思っていてつまりその映画は大画面で見たいのかどうかとかみんなで見たいのかどうかとか何かこう会話しながらみたいのかどうかあとは一人で家で見たいのかどうかなんかそういうところは結構大きい.

私の場合はだから大きな画面で見たいか内容を知らないうちにできるだけ早く見たいもしくは友人と一緒に見て感想言い合いたいそれらの場合に映画館に行くと思っていて.だからこれは残念ながら映画がいいか悪いかということ自体は必ずしも映画館に行くかどうかということそのものを100%左右してるわけではないということになるだろう.

色々言える話ではあると思っていてそのコアなコンテンツであるとか何かのものがいいということとそれにお金を払うかどうかというところもしくは足を運ぶかどうかというところは残念ながらやはりそのコアなコンテンツが100%その力を占めているわけではないということでもあるしそれは残念でもあるし一方で正直ってまあうまくいかなかったとしてもそれが100%そのコンテンツのせいではない.ということもあるしまた別の楽しみ方の方がはまっていたんだよねということもあるだろう.

2025-01-30

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