#599 書き始める前に考える / AIと過剰性の面白さ

例えば、いきなり書き始めるのではなくて、書く前に、何を書くかについて一定時間考えてみる。いきなり書き始めるのでもなく、思いついたらすぐに書き始めるのでもなく。一定時間必ず考える。寝かしてみる。
例えば、今は書き始める前に、1分間を待ってみている。考えてみている、いくつかのことが思い浮かんだけれども、うーん、どれもテーマとしてはそぐわないような気がする
なになにはすごい、やばい、みたいなことだけを書いて、そればかり書いて、しかも自分では実際に試さずに、やってみずに、他人の動画や情報などを頼りに、驚いてみせる、そして耳目を集める、と言うことを行う人々のことを、昨今では驚き屋と言う
これはなかなかうまいネーミングだと思う、インターネットはいい情報だけではないし、集合知と言う幻想もあったが、人間が集合したらなんかすごい知恵が集まる、かと思ったらそんなことはなかった、と言うのが今のインターネットの結論ということになっているように思う
しかしそういう絶妙なネーミングセンスとか、なんかそういうものは、インターネットから生まれることが多いし、というかそれは「なぜ美人を美人と感じるのか」みたいな矛盾のある問いと同じ類のようなものであって
誰かが何かを思いつく、そしてその思いつくというものは膨大な数あり、そしてその膨大な数の思いつきの中で、なんとなくみんながしっくりきたものが残る、つまり大衆による淘汰の仕組みなわけだから、多くの人にしっくりくるものが残るのは当たり前だ、そもそもそういう仕組みなのだから
美人というものもまた、個々人の好みはもちろん違いがあるし、違いがあっていいんだけれども、そういう個々人を膨大に集めて、そのみんなが好きな顔、というかみんなが好きというよりは嫌いではない顔、つまり長所や尖った個性よりは欠点のない顔、がみんなにとっての美人なのだと思う、だから美人は印象に残りづらいという、また美人というのはたくさんの人の顔を重ね合わせると生まれるという研究もある
唐突に関係ないことを記録しておくが、個人的には、AIの面白さ、というかAIを使った何か、何かと言いつつ得意表現や創作、創造的行為、でもそれは別に画像生成とかそういう直接アウトプットにつながるものだけではなくて、プロセスにAIを用いたものだが、まあなんでもいいんだけど、個人的には過剰性が面白いと思っている
個人的には、ミニマリズムの時代は終わり、などというと言葉は強くて、別に終わったと思っていないけれども、ミニマリズム一辺倒の時代は終わり、マキシマリズムというか、過剰性が面白い、というのが、今自分の中のキーワードとしてある
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