#606 馬に乗る人間 / AIを使う人間

大規模言語モデルや画像の拡散モデルなどによって10年前では考えられなかったようなことが計算機によって色々可能になっている.AI の能力がどんどん上がっていると非常に平たく言えばそうなるだろう.
今更何を言ってるんだと思われるかもしれないしもうそんなになのねと思われるかもしれないしそれはそれぞれの人とか関わり方によって違うと思うけれども少なくとも私は利用者としては結構色々なことに使っているとは思うしその結果やや暗い気持ちになってしまっている.
SNS などを見ればいろんな人がいろんなことを言っている明らかに間違ったことを言ってる人もいれば自分と同じ意見の人もいるし意見は違うけれども間違ってるかどうかまだわからないことそういう人もいる.ただ1つ言えることは明らかに正しいこと言っている人というのはいないということだ.
いないというか少なくとも今はわからないのでいずれどの意見が正しかったのかということがわかる明らかになる時は来るけれども少なくとも今の時点ではわからない.それくらい不確実性が高いということ.
もちろん技術的に明らかに間違っているとか明らかに正しいとかそういう事実ベースの事っていうのはある.だからそうではなくてどのような影響を及ぼすのかこれからどうなっていくのかということに関しての予測のようなものはなかなか本当に難しい.
難しいと思いながらも色々なことを考えていてまさに自分も使う側として色々なことに活用しているからこそ考えてしまうことは毎日結構ある.これは悲観的に考えすぎなのかもしれないしそうではないのかもしれないしそれ自体もわからないけれども.
少なくともわからないということはわかっていて.つまり自分が想定している想像している悪いネガティブなパターンの未来というものに対して明確にそれは間違っている明確にそれは起こりえないという確信を持つことができないということだ.
まあここで非常にもったいぶって非常に仰々しいこと言ってしまっていて別に大した何かではないんだけれども.面白いなと思っているのは上記のようなことを自分は AI とやり取りをしているということだ.
AI とやり取りをしながらAI にネガティブな未来のイメージを話し合っていてそしてAI はそれを否定することができない状態になっている.もちろん友人とも話しているのでAI とだけ話しているわけではないけれども いずれにしても友人も AI もネガティブな未来をなかなか否定するのが難しいよねという風になっている.
困ったねと思っている.人間が自動車を手に入れて早く走る能力そのものに価値はなくなった.まあもちろんそれ以前も馬に乗ってたんだけどね.今は生命なので道具機械ではないけれどもまあでも人間にとっては人間の代わりに人間より早く走ってくれる何かというものをあえてここではそれを道具と言ってしまうが.
馬に乗る前は人間は自分で早く走らなくてはいけなかった.自分で早く走る以外の選択肢はなかっただろう.いや私は知らないだけで実は恐竜に乗ってたりとかそういうファンタジーみたいなものももちろんあれば楽しいんだけれども少なくとも私は知らないしまあ仮に何かあったとしてもここで論じたいのは馬でも何でもいいけどとにかく何かに乗るそして自分が自分自身が努力するよりも早く走れる早く移動できるということだ.
何かに乗って自分の能力を超えた瞬間に人間がそれをできるようになった瞬間に移動する能力移動するスピードの能力というものは無価値になったとまで言わないけれども狭い範囲で言うと価値がなくなっただろう.
山を登ったり今日登ったり険しい道を進んだりというのはまた別の能力であって.馬がどれだけ早く走れても登れない木はあるだろうし.あるだろうしというかそもそも木は登れないし.険しい道を行くこともある程度以上になってくるとできないだろう.
ここには2つの真実が含まれていて馬が走れる場所に関しては少なくとも人間は馬には勝てないということ.つまり人間が馬より早く走ろうとする努力能力才能には意味がなくなったということ.
もう1つの真実はしかし馬には走れない場所があるということ.だから馬に乗るようになって人間の移動に意味がなくなったとは誰も言わない.移動するために馬に乗っているのだから.
ここで最近の話題に戻るが例えば最近は AI がすごく プログラミングができるようになっている.そうするとプログラマーはもういらないみたいな話になる.まあそういうことを言っている人が出てくる.
一方でそうするとプログラマーはいらなくはならないなぜならばみたいなことを言う人も出てくる.
どちらも極論であって少なくとも現時点とか近しい未来においてはその中間にその答えがあるように私は持っている.
例えば少なくとも近しい未来の範囲においてはAI のプログラミング能力はどんどん上がっていくだろう.単純にプログラミングをするという能力だけではなくてそれを補助するツールみたいなものも出てきてよりいろんなことができるようになっていく.
今で言っても AI エージェントのようなツールが出てきていて 実際 私もそれを もう使っているがある部分ではすごく便利だ役に立っている.一方でまだうまくやってくれない部分もあってそういう時は自分でもやっているし誰かの人間にお願いすることもある.
だからプログラマーがいきなり不要になっているわけではない.そういう意味で言うと校舎の人の意見が正しいということになるだろう.
しかしそこにもまた極論があってもしくは重大なところを見落としがある場合もあって.プログラマーは不要にならない.なぜならばより高度なことをやる人が必要だからだ.みたいなことを言う.
それについては完全に少なくとも近しい未来においては同意だ.だけどここで重要なのは0か1かの話ではない.私は思うに結局簡単な仕事が AI ができてしまうのであれば 少なくとも簡単な仕事を人間がやる必要がなくなる.つまり簡単な仕事をする人間は必要なくなる.
だからいなくなりはしないが必要な人間は減る.これは事実.そして誰しもが高度な仕事ができるわけでもないし.また誰しもが初めから高度な仕事ができるわけではない.簡単な仕事から学んでいく部分がなくなったらどうしたらいいんだという話は実際最近盛んに行われていてしかし今のところ答えはない.
そして先ほどから私は近しい未来においてはと盛んに言っているけれどもこれはどういうことかというとつまり近しくない未来においてはまた違う状況になっているのではないかと思っているということ.
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