書く実験の記録

#612 能力がある / 適応する

失敗について考えた。いや行動についてか。ここしばらく、——そのしばらくというのが数ヶ月なのか数年なのかもはや十年以上なのかわからないが——基本的には行動を増やすということを意識してきたのだと思う。

意識たかい自己啓発本みたいなところから入ってしまって大変苦々しい。よくない。そういうのを望んでいるわけではない。とはいえ、のんびり何もせず人生が終わってしまうのはちょっと寂しいな、と思っているタイプなので、せっかくなので楽しく生きていきたい。

もちろん、何を持って楽しいかは人それぞれだ。さまざまな個体がいて、どの個体が環境に適応して生き残るのかという壮大な実験の一部である。のんびり一生を過ごす個体がいてもいいし、のんびりしていると不安になる個体がいてもいい。

よく進化とか淘汰の話で誤解されがちなのが、どちらが強いとか、どちらが優れているかということだ。強い個体が生き残るのではない。優れた個体が生き残るのではない。

よくフィクションとかのセリフで、正義は勝つ、のではなく、勝ったものが正義なのだ、みたいな、悪役のセリフにありそうだが。まあそれにも似ているなとも思う。似ているし、もしかしたら同じなのかもしれない。

ともかく、大事なのは適応だ。環境に対する適応。強い個体が生き残るのはその環境では強さが適応だったからだ。別の環境に行けばその強さはマイナスかもしれない。というかそもそも強さとか言っているが何がどう強いのか明確にしていないので意味がわからない。

そういう意味では、やはり、適応したかどうかは、適応した後でないとわからない。あまりにも変化し、あまりにもパラメータが多いから。1つのパラメータだけを特化させて生存するには、現在の環境はあまりにも複雑だ。環境が複雑だから、パラメータも複雑である。現在の、とか言っているが、現在に関わらず、まあ昔からずっとそうだ。ずっと世界は複雑である。

これは能力というものについても、言えるだろう。能力がある、ない、という話は現代にはつきものだ。能力開発。能力を高める。でもその能力ってなんだろう。測れるものが能力である。いやそうではないと言われるかもしれないし、まあ本当はそうではないと私も思うが、能力があるとかないとかいう時点で、そこには評価が入っているわけで、それはやはり測れるから能力なのだ。

あらゆるものが能力だ。何かのパラメータが高いことも、低いことも、とにかくただ状態だ。ただの状態。ステータス。で、それがどう機能するかは、環境による。これが基本的な考え方だ。だから、そもそも、能力というものは、誰もがあるし、誰もがない。それは計り方によるからだ。

2025-02-23

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