書く実験の記録

#615 徒競走でわざと転ぶ

失敗の話。失敗してもいいよ、というのと、失敗をするのだ、というのは違う。もちろんわざと、意図的に、失敗をしようというのは困る。徒競走でわざと転ぶような。ここが難しい。特に他人に伝えるには。

でも自分自身としては、そこはあまり心配することがない。言語化できない部分も自分ではわかっているから。失敗を受け入れるということと徒競走でわざと転ぶことの違いは自分ではわかっている。

だから、そのような意図して失敗するように行動するというケースを除いて、いやもしかしたらそれすらそれすら除かなくてもいいのかもしれないが、とにかく失敗をするのだ、ということをふと思ったのだ。

ここまで非常に何を言っているのかよくわからない文章になっている。自分でもそう思う。それは結論があって、しかしそこに向かうために入り口から入って、でもちょと脱線したり、補足したりしているうちに、迷子になるのだ。

意図して失敗をするとする。つまり、わざと徒競走で転ぶとする。でもその時点で徒競走はやっている。徒競走をやっていない状態と、比べると、徒競走をほんの少しでもやっている。

わざと転ぶのは意味がわからないし、そこは全く個人の利益に自分自身としてならないのでやらないという前提で。でも実験というのは往々にして失敗する。いやデータが取れるのでこの失敗はネガティブな意味ではない。

これはもう別の言葉を当てはめて考える方が良いのではないか。何かいい言葉はあるかな。

2025-02-26

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