#617 人間であることにしか価値がない

ChatGPT 4.5のプレビューが出た。高度な用途にはまだ使えていないので、その性能はまだよくわからない。高度な用途に使わないと高度な回答はない。簡単な用途なら性能の劣るモデルでも同じだ。つまり使う側による。
ただハルシネーションは減っているという話があって、これについてはどんなレベルの使い方でも、恩恵はあるだろう。嘘を言われるのはどんな用途でも有り難くはない。
それにしても進歩が早い。このままいくと近いうちに少なくとも一部の知的労働の価値は低下するだろう。最近これからの労働についてよく考える。いずれはロボティクスによって肉体労働の価値も低下していくかもしれないが、ソフトウェアで完結できるものより圧倒的にお金も時間もかかるので、同じ速度では進歩しないだろうとは思う。少なくとも時間差はあるだろう。
ポスト知的労働社会、みたいな言い方もできるかもしれない。知的労働を人間がやる必要はあまりなくなる。ゼロにはならないと思うが、今ほど人数は必要なくなるのではないだろうか。そういう気持ちになる。
知的労働の価値が落ちるなら、人間はお金を得るために働かなくてはいけないという現状の仕組みのままであれば、何かしら仕事を探す必要がある。知的労働がないなら、肉体労働だろう。
肉体労働というと例えば物理的に何かを作る仕事、のようなものが真っ先に思いつくが、それだけではなく、身体全般を使った仕事だろう。人間の身体に価値がある仕事、というか。ロボットより人間の身体に価値があり、もしくはコストが低い仕事、というか。
現場仕事のようなものは、人間でなくてはいけないわけではないし、人間にやって欲しいと望んでいるわけでは別にないと思うが、環境や条件がかなり複雑で、しばらくの間はロボットには難しいのではないか。まあ人間の監督がいて責任を取り、作業はロボットが一部やるということは想像ができるが。まあそれにしても例えばエアコンをつけたりという作業を人間不要でできるようになる未来はしばらく先だろう。
もう一つは人間でないといけない、人間であることが望まれる仕事である。対人労働というか。ある種の感情労働かもしれない。これは接客だったり、性的なことであったり、コミュニュケーションであったり。あとは芸術的な分野、アート作品とか、お笑い芸人やコメディアンなんかも人間であることが求められるんじゃないか。あとはアスリートかな。
前者の肉体労働は、必ずしもお金を払う側もロボットでは嫌だ、と思っているわけではないので、コストの話になる。人間の方が高くても人間にお金を払いたい、とはならないだろう。安く確実にやってくれるならロボットでもいい。
でも後者は違う。AIやロボットには代替できない、人間らしさ、共感、感情、身体、そういったものが価値になるのではないか。しかし価値になるというのは、価値として測られるということだ。そして資本主義に組み込まれるということである気がする。
人間であることが価値、というのは、翻せば、人間である、ということにしか価値がない。何せ頭脳労働や、肉体労働は人間がやる価値がない。どう頑張っても人間がそれ以上落とせないコストで機械がやってしまう。
人間であることにしか価値がなくなり、しかも頭脳にも価値がないとなると、いやもちろん共感能力とかは頭脳なんだけど、そこをうまく区別する用語を私は知らないが、まず身体的な魅力の価値、そして今も就活などでしきりに言われるいわゆるコミュ力の世界になる。
身体的な能力や魅力は多分に遺伝だ。脳も遺伝ではないとは言わないし、私個人としてはどちらかというと脳のポテンシャルがみんな同じで、あとは努力の差で、そして努力する能力には差がない、みたいな考えには反対の立場だ。
身体には違いがあるように、脳の能力にも先天的に差があるし、努力できるかどうかも先天的な違いはあるし、性格なんかも先天的なものがあると思う。だからみんなが同じスタートラインで同じエンジンを積んだレースなどではない。
あー、ちょっと言いたいこととずれてるな?
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