書く実験の記録

#620 依頼する / やったことがある、ない

何かをできるというのはリソースになってしまうということだよ.この言葉に私はずっとモヤモヤしていた.もやもやしていたというのは否定していたということではなくておそらくある部分では反対する心がありまた別のある部分では否定しきれない部分を感じていてそれがモヤモヤになったのだと思う.

そもそも完全に的外れなことであればもやもやしない.大体の場合そういうものだと考えている.昔見たアニメであるエヴァンゲリオンの中のセリフで.怒るのは図星を突かれた証拠であるというようなセリフがあった.

これは一定程度当たっていると思っていて.完全に的外れなことというのは感情を別に揺らさない.多少かすっているとか実はそう思っていたりとかそういうことに対して往々にして感情を揺らされるものである.

だからこのもやもやするという感覚も何もないところから生まれるわけではなくて確かにそうなんだよなと思っている部分もあるということなんだろう.

今日は音声入力の調子がすごく悪くて入力がはかどらないこういう時は何かというと自分の滑舌が悪かったり何か問題が自分側にある.もちろん実は機械側にあるという可能性もゼロではないんだけれども.どちらかといえば自分の方に変化があることが多いだろう.

何かをできるということを私は目指してきたように思う.できるというのは方法だし記述だしそれは手段である.できるようになるというのは手段になるということだ.もちろん何かを達成するためには手段が必要だ.それにやったことがあるのとやったことはないのとではその物事に対しての解像度は全然違う.

だから基本的に私はいわゆる何かを指示したり依頼したりする側であったりしたとしても可能であればできるだけ自分で一度やってみるということは大事だと思っているし.

しかしそうは言っても全てをやってみることはできないし.やったことがあることしか人に依頼しないというのは安全だし依頼される側にとってもある程度安心ではあるし.それ自体は良いことだろうと思っている.

良いことだし安全だし安心だし順当である.一歩一歩進んでいるイメージだ.けれども一歩一歩進むだけでは到着できない目的地というものはきっとある.ステップバイステップではいけない場所というものがある多分.

2025-03-03

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