書く実験の記録

#623 人間とその社会が変われることを信頼する

ひかりに乗った。新幹線のひかり。ひどく久しぶりのように思う。そうは言っても乗って社内が違うわけではなく、なんなら違いがわからない程度に同じなことに、面白いな、と感じた。私は電車に詳しくないので知らないだけだが、まあそういうものなのだろう。

ところで、最近友人と話していて、初めはアジェンダがある話し合いだったのだけど、夜だったこともあるし、時間制限ももはやなかったこともあり、話は途方もなく広がっていった。

最近何をよく考えているかという話で、アートの話とか、テクノロジーの話とか、テクノロジーの面白さ、テクノロジーの面白さを伝える方法の話になった。そう思っていたら今度は、AIと社会、未来、種としての人間の話になった。

この辺になってくると、話は途方もなく広がってくる。なぜならAIの影響がそれだけ広範囲で破壊的、かつ誰にも予測がついていないからだ。予測がつかない方向にひたすら進む現在はどこに向かっているんだろうか。もちろん予測がつかないのだけど。

個別にそこで何が話されたのかは割愛するとして、私は最近かなりネガティブな考えを持ってしまっているなと改めて感じた。誰か人間と話すのは大事だ。それもできれば一人だけではなくて幾つかの立場の人間と。

ネガティブな、と書いたが、AI否定派ではない。全くない。これ自体は素晴らしいテクノロジーだし、様々なもののフェーズが変わるだろう。それに、止めることも多分できない。よく言われるように、どこかの国が開発を止めても、別のどこかの国が開発を進める。

書いていて思ったが、これは核開発競争と同じだ。ということはいずれAI開発も同じことになるんだろうか。高性能AIの開発や保有は自由に行うことはできず、一部の国が保有することになるんだろうか。

ともあれ、今の時点ではそのような国際的な枠組みはないし、直近でそういうことにはならないだろう。だから各々が自由に開発を行うし、飛び抜けた性能の開発に成功した国が覇権を握る可能性はある。その辺はオープンになる可能性もあるしクローズになる可能性もある。わからない。

いや違う、別にそういう話を書きたかったわけではなかった。今の自分は、可能性は非常に感じているということ。しかしうまく使わないと最大多数の最大幸福を達成できないということ。なんなら今より少数の人間が今より幸福になるだけの可能性があるということ。まあわからない、異なる生活水準の時代の幸福度の比較なんて本質的にはできないしね。

でもとにかく、最大多数の最大幸福を完全に実現できないとしてもせめてそちらの方向に進む、逆方向には進まない、というためには、結構大規模な社会変革が必要であると思っているということ。

それは社会制度だけでなく倫理や価値観の転換、経済システムの転換を伴うということ。でもそんな変化を人間社会ができるのかを一番怪しんでいるということ。まあその辺だろうか。

大規模な社会変革が起こせずずるずると少数の最大幸福に向かう社会においていかに生き残り、自分の利益を最大化するのか、ということに賭けるのかもしれないけど、それは全然最も望ましいことじゃない妥協案だよなぁ、と暗い気持ちになっているのかもしれない。

結局人間やそれが構成する社会というものに対して信じられていないのかもしれない。

2025-03-06

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