書く実験の記録

#634 企業が村になる

政治行政司法のような公共のものを皆がもし信頼を受けなくなった場合にどうなってしまうんだろうと最近よく考える.自分は決して政治や社会や歴史の専門家ではない.ただそういうこともあるのかな嫌だなと思っているだけである.

思っていることは2点あって企業の力が強くなるのではないか企業が村のように共同体のように振る舞う時代がもう一度来るのではないかということ.もう一つは治安の維持というものが民間人に委ねられて期待されてしまい結果的にまた治安が悪くなるんじゃないかということ.

前者については社会保障であるとか少子化対策であるとかそういうより良い生活にまつわるものそしてそれらのより良い生活をする労働力を確保するということ.これから社会保障はどうなっていくのかよくわからないけれども今のところ国民全体を救うことはもはや政治には無理そうな感じがしている.

無理ではないのだろうけれどもいろんなしがらみに縛られているというか.これをやったらいいんじゃないかなとまあ素人目線では思うこともそうではない実際にはそんな簡単には行かないということもあるだろうし実際にやった方がいいんだけれども色々なしがらみよってできないということもあるだろう.

最近韓国のニュースを見たけれどもある大企業が出産祝い金として1000万を無条件で支給するという制度があるらしい.これは非常にシンプルで分かりやすい.本当は国がやると良いと思うが現実にはそれを美味しくてできる人間はいないだろうし.強い権限を持った地方自治体であるとかであればまあ税収があるところはできるかもしれない.

実際には大企業が同じように自社の社員に対してこのようなことをする可能性は日本でもあってその他にも結局国がやってくれないんだったら各企業がやるしかないということになっていくのではないか.そしてそれはもちろん何の利益もなくやっているわけではなくて自社の社員がより長く勤めて力を発揮してくれるという状態を維持するという利益のためである.

ただこれは全ての企業ができるわけではなくて大きな企業利益が出ているところしかあることはできないしその点でより格差は広がっていくように思うがいずれにしてもある種の仕事ではない部分の共同体としてももう一度機能していくのではないか.

つまり昔はと言ってもそんなに昔の事情を実体験として知っているわけではないけれども私生活の様々なことにまで企業が面倒を見てそれに対して社員も忠誠心を持って働くという時代があって.ある人の封建主義的な状態だったと思うけれどもそしてそれは現代においてはもう時代遅れである人材の流動化であるみたいなことが叫ばれてどんどんそういう側面は縮小していったと思っているけれどももう一度そういう村社会的な企業と労働者の関係というものが戻ってくるんじゃないだろうか.

2025-03-18

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