#635 どちらを食べるか迷ったら両方食べる

最近ロジカルシンキングについて話すことがあったので続き。ロジカルシンキングは大事だよね、ということには異論はない。自分もどちらかというとそちらに頼って生きている。でも何かを決められない時というのは案外ロジカルシンキングの罠に落ちている時もあるのではないかなと考えている。
何かを決めるために必要なのは決めることが。極論だが、ただ決めるということ。実はそれだけが必要。そんなことはわかっているんだけど、なかなか決められないことがある。飲食店に行ってどっちを食べようか。欲しいものがあるが二つで迷っている。仕事の技術選定。転職先。迷うことは無数にある。
迷う。これは普段何気なく使っているけれども、考えてみると言い得て妙だ。道に迷っているときは、どういう時か。どういう状態か。もう普段道に迷うことは無くなったけれども、端的に言えば今自分がどこにいるのかわからない。そして目的地にたどり着くためにはどちらに進んだらいいのかわからない状態。
分解してみると面白いなと思った。今自分がどこにいるのかわからない状態。ただそれだけでは迷っているなとはならないなと。なぜなら、今自分がどこにいるのかわからなくても、特にどこにも向かっていない、目的地が特にない、向かわなくてはいけないこともない、とするなら、きっと自分は道に迷っているとは思わないだろうなと。
つまり、道に迷うというのは、今自分がどこにいるのかわからない、だけでは、迷っているとは言わないわけだ。目的地があるから、迷っているという状態がある。目的地がなければ、迷っているという状態ではない。
道ではなく判断に迷っているときも、そもそも判断しなくてはいけない状態でなければ、確かに、別に迷わない気がする。そして判断しなくてはいけない状態でなくする、というのも一つの選択肢なのかもしれない。困ったときは。
つまり、判断そのものをやめる。先延ばしにする。もしくは、両方選ぶ。AかBか二者択一のように思えている瞬間でも、ふと引いてみると、AもBもどちらも選ぶ。またはどちらも選ばない。それともCを選ぶ。判断しないという方法はこう考えると結構ある。
これは人生の重大な局面においてはなかなかそう考えられないものだが、リーズナブルな飲食店だと思うとわかりやすいだろう。Aを食べるかBを食べるか、メニューに迷ってしまうこともあるだろう。だけど、食べたいなら両方食べるという選択肢もあるだろうし、選べないから今日はその店で食べるのをやめることもできるし、いっそのこと別の食べたいものを探すのもいい。
重要で大きな選択においては、それと同じ気持ちで考えられるものではないけれども、でも基本的にはやはり一緒だ。AかBか、ではない選択肢は結構ある。のかもしれない。
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