書く実験の記録

#639 インスタレーションの特殊性について

最近インスタレーションというものについてよく考える.これは一体何なんだろうかと.よく友人には話していたのだけれどもちょうどインスタレーションというものの特殊性について考えている人というものをタイムラインに見かけて自分も考えをまとめておこうと思う.

そうは言ってもこの短い時間で短い文章で完全に書ききれるとは思わないし.それに書いた後に文章を整えないという前提においては考えをきちんと整理するということは無理で.あくまでも今考えてることの断片的なそして順番がぐちゃぐちゃなメモということになるだろう.

そもそもの前提として言うと私はそのような空間を使った表現が好きだ.それは干渉する側体験する側としてもそうであるし作る側としてもそうだ.何かについて良いところと悪いところを考える時というのはそもそもその人がどんなスタンスに立っているのかということは明らかにしておくのは大事だと考えている.

インスタレーションというものは非常に特殊だと思う.特殊な部分もあるし.もちろん固有の部分もあるし.そして固有ではないけれども希少なものもあるだろうし.そしてありふれたものもあるだろう.ここでいうものというのは実際の作品のことではなくてまあインスタレーションというものがもつ特徴のようなものだ.

それにここではあえてアートという言葉を使っていない.それは意味が広すぎるしその上に人によって文脈によってその言葉の捉えられ方が違いすぎるからだ.だからアートなのかエンターテイメントなのかそれとも広告的な何かなのかということをひっくるめて考えてみようと思う.

端的に思うのは前提が必要すぎるということ.前提というのは力だ.どんな力かというとまあいろいろあるけれども.そして全てが同時に必要なわけではないけれども.とにかく力が必要である.

いろんな力があるけれども.それはお金であったり時間の余裕であったり場所というものを使う以上その場所を使う権利であったり.まあその場所を使うということができるためにお金で使える時もあるしもしくは場所の所有者というものがそれを許可してくれるとしたらそれは人脈なのかもしれないし.もしくは自分がそもそもその場所を所有してるのかもしれない.

続く.

2025-03-25

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