書く実験の記録

#640 大規模言語モデルと言語化されないもの

LLMのが文章を生成するにあたって、もはや人間以上にきちんとした文章を書けるということを疑う人はいない。この場合の人間以上にというのは諸説というか色々な意見があると思うし色々は比べ方はあるだろう。

AIの話題はしばらく封印しようと思っていたのだが最近会った人とAIの話を雑談として色々したのでそのことに引っ張られているのだと思う。

AI、というかLLMとここでは仮に絞っていうが、まず一般論としていうと文章はうまい。うまいとは何か、と考えると、技巧の巧さなのか、匠の上手さなのか。

まだまだ人間には敵わないという意見。これもわかる。いずれは追い抜かされるにしても、現時点で世界最高の人間にはまだ敵わないだろう。そもそも文章の出来というのは数値化できるものではないが。

もちろんLLMのベンチマークはあるのでLLMの能力は数値化はできるのだが、人間と比べたときにどうか、というのは大学の試験で測れるものだけでもないし。

ところでLLMのベンチマークを人間がやったらどうなるんだろうな。やれないものもあるだろうけどやれるものをLLMのモデルと並べて人間の性能も並べると良い。

世界最高の人間より優れているか、という比べ方と、平均的な人間より優れているか、という比べ方がある。言い方がある。世界最高の人間より優れていたらそれはすごいことだけど、世界最高の人間にしか仕事がないわけではないのと同様に、世界最高の人間より賢くなくてもできることはある。

あと、LLMの課題として、身体性がないということ、それはとりもなおさず、言語化されていないことを学んでいないということだ。大規模言語モデルは言語モデルだ。言語からしか学んでいない。

言葉とは論理だ。違うという意見はわかるが、比較対象がまだ言語化されいない何か、と比較したら、やはりそれはそれよりは論理として、もしくは記号として、成立しているし、扱えてしまっていると思う。

2025-03-26

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