#641 天然の身体性と機械の身体性

身体性という言葉がよく使われる.何気なく使っているけれども正確な定義を知っているかというと知ってるようで知っていないような気がする.そもそも正確な定義などあるのだろうか.
調べてみると身体性とは身体が持つ性質のこと.まあそれは確かにそうだ.しかもこれは分野ごとにやはり様々な定義があって一言で言い表せるものではない.またそれぞれの領域において色々な言葉が使われている.という風に書いてある.
色々な定義はあるけれども今回その言葉をふと思ったのはそれは言葉で説明できないこともしくは言葉でまだ説明されていないこと言葉で説明するのは難しいことのではないかなと.
つまりこれは何かというと AI について考えていた時だけれども今の AI はまあそう言いながら多様な研究が進んでいるし今日この日にもまた新しい何かが発表されているので今のという定義自体はそもそも怪しいんだけれども一般的にはという風に言い換えをするとここしばらく一般的に皆が慣れ親しんでいた大規模言語モデルというのは当然ながら言語のモデルである.
そこには言語ではないものは含まれていない.それはつまり言葉であるとかもしくは言葉ではないけれども何かの数値であるとかそういうものであってまあそれらを結局ベクトルに置き換えるんだけれども.ひどく当たり前のこと言うけれども言語になっていないものデータになっていないものは学習していないわけだ.
データになっていないものはその価値がないかまだこれからするのだとかまあ色々あるかもしれないけれどもそして様々なセンサーがあるのでもっと様々なデータを言語にしたり数値にしたりひいてはそれをベクトルにしたりということはできるだろうがしかしそれも結局測ろうとしたものしか測ることはできない.
ただそこにあるものはただそこにあるものとして受け入れられるということはない.まあそうは言っても人間も感覚器官というものはこの世の全てを捉えているわけではないし.結局はあくまで観測できるものを観測していることにすぎないんだけれども.
そういう意味では天然で持っているそういう感覚器官というものとしかしそこにある限界や制限というかそういうものともしくは人間が意図を持って何かを観測しようとしてセンサーを設置してということで取得できているもの取得されたもの取得されたデータみたいなものは.
何かそのあり方において違うような気がしているけれどもそれは結局その天然のということに重き大きすぎていて実は何の違いもないのかもしれない.
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