#642 みんなができる

一般的にこうであるということと一般的ではない例もあるということは当然ながら両立する.だから一般的にはこうであるということに対してこういう人もいるという特殊な事例を示すことは特に反論にはならない.
例えば一般的には男性は女性より身長が高い.これはこの現代においてもそれこそ一般的には賛同されるそのように考えられる意見だろう.いや意見というか客観的に観測可能な計測可能な事実だと言っていいだろう.
一方でもちろん男性より背が高い女性もいる女性より背が低い男性もいる.全ての男性は全ての女性より背が高いわけではない.全ての女性は全ての男性より背が低いわけでもない.
だから一般的には男性は女性より背が高いししかし個別に比べれば男性より背が高い女性もいれば女性より背が低い男性もいる.これが結論であるということに概ね揉めることはないだろう.
話は変わるが最近文章を書くことを仕事にしている人と少し話す機会があってChatGPT Proを試したらその性能にびっくりしていた.私自身は文章を書くことが仕事ではないが.そのように文章を書くことが仕事になっている人が見てショックを受けているというのは私が感じるものとまた違うものがあるだろう.
またそして人間がやる以上はそれ以上の価値を出さなくてはいけないということでもあるしこのそのツールを今までお金を出して他に頼んでいた側の人間つまりお客さんが自分でAI を使ってやるかもしれない.だから 現時点で AI がどこまでやれるのかということをきちんと 把握しておく そのために自分でまず 使っておくということは重要である.
それはいかなる分野においてもそうであると考えている.まあもちろん立場とか自分のポジショニングにもよるけれどもね.
ロボットがどんどん進んでいるとは言ってもうまだまだ市場に同化されるには少し時間があるし大きな工場であるとか分かりやすくコストメリットがあるところもしくは提携作業なところというのは置き換えられていくスピードは早いだろう.
まあそもそも工場はすでにできる範囲はロボット化されているし.今までのロボットでは難しかったような作業がさらに人間がやっていた作業が置き換えられていくということかもしれない.そういう意味では今までの延長であるとも言える.
しかしb 2 c の仕事になるとどうか.定型化しづらいもの.もしくは人間であることに意味があるもの.常に変化してしまうもの.
しかし人間であることにしか価値がないというのもまなかなかしんどい.
そうは言っても結果が明白なものつまり ここまでできれば OK と決まっているものはそれでいいんだけれども例えばさっきの例で言うとまあ何かこうお金を払って誰かに文章を書いてもらうか何かなわけだからその文章はおそらく外に出て行く例えばわからないけれども適当に言うが会社の新製品のキャッチを考えなくちゃいけないとする.
今までは人間が考えていたものをまあ仮に今までと人間と同様のクオリティのものがAI によって出せるとしてお客さんはそれでいいかと思うこと思うようになったとする.
かけれども今この時点のそれでいいかという判断と数年後のそれでいいかという判断はまた違うだろう.
というのも 今はまだ 例えば AI を導入している人は少ないかもしれないけれども だから人より優れたクオリティを安く手に入るかもしれないけれども.しかし数年後には例えばキャッチを作る仕事をみんなAI に依頼 始める し始めるとする.
そうすると基本的な線はすごく基本的なレベルはすごく上がるだろうし最低ラインはすごく上がる.そしてコストダウンできてるから世の中にたくさん出てくるかもしれない.そして均質化したクオリティのものがたくさん出てくるとなると結局その間で差別化することができなくなる.みんな同じようなものを出すことになる.
そうすると今度はまたどうやったら差別化ができるのかというように考えなくちゃいけない.当然どうやったら差別化できますかというようにアイデアの部分も部屋に頼ることはできるだろうが当然みんなやるだろうがそれもまたみんながやることだ.
じゃあ差別化できるアイディアを出せる人間がすごいね人間が必要だねということになるけれどもそれこそそのレベルまで到達したクオリティのものを大量に出してくる AI に対して何か差別化できるアイデアを出せる人間というのは今時点よりもさらに限られてくるだろう.困ったものだ.
おそらくアプローチは2つあってよりそのテストの仕組み最適化の仕組みなどを導入するつまりまあクリエイティブを投入してそれを何らかの数値で評価してどんどん良くしていくどんどん良いものだけを残していくというようなアプローチもあるだろうしもちろんそれはすでにやられているわけだしそしてそれがもっと進むことになるだろうし.
一方で何を思って優れているのかということが測れる簡単に測れるものではないので極端に言えば全員が綺麗な絵を書けるような世界にもしなったとしたら謎の味のようなものが必要になってくるのかもしれないしいいかどうかは別としてこの人が書いたということが価値があるのかもしれない.
まあ宗教みたいなもんだね.もしくはアイドルかタレント.そして個人の魅力というものも必ずしも平等ではないし.生まれ持ったものの違いというものも大きいし.人間同士の戦いは続いていくということについては同じなのかもしれない.
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