書く実験の記録

#646 当方ボーカル、バンド募集4

自分はバンドをやりたい特に楽器が何もできるわけじゃないけどそしてまあ歌上手いわけじゃないけれども他ができないからせめてまあ歌ぐらいは楽器はできないできない楽器よりはまあ普通の一般人のレベルで歌えるしだから自分がボーカルをやるからバンド募集しよう.

といういわゆる当方ボーカルバンド募集について考えてきたわけだけれども.結論として思うのは目的を持つのは素晴らしいということだ.そして目的を持った上で周りに声をかけたりするのは素晴らしいということだ.

なぜ急にこの話をしだしたのかと思えば急激に進む計算機による頭脳労働の代替について考えていたからだろう.楽器の演奏は頭脳労働なのかどうかということを別に論じるつもりはない.頭も使っているし体も使っている.

例えばなしとしてアナロジーとしてそのような例を出しただけで要は同じ構造をそこに見ているけれども同じものだと思っているわけではないということでまぁそこは1回置いておこう.

やりたいなと思ったとして俺はこれがやりたいんだけど一緒にやってくれないかな.っていうのはなかなか勇気がいることだ.恥ずかしさもある.まず自分ができないことを認めなくちゃいけない.自分一人ではできないということを認めなくてはいけない.

そういう意味ではあらかじめバンドをやるというのは自分一人ではできないことをやるということは織り込まれているわけで.自分一人ではできないことをやりたいと思い.そしてその中でも高度な技術能力が必要なものがあるけれどもその能力は自分は持ち合わせていない.

まあ何だろうな今私が考えていることに関して言うと別にボーカルじゃなくてプロデューサーでもいいだろう.これをまあプロデューサーに急に素人がなれるのかどうかという問題はある.

基本的にはもちろんなれない.とはいえ資格がいるわけではないしそこにチャレンジすることには何の問題もない.それに明確なスキルが定義されているわけでもない.言葉選びが難しいけれども相当な部分で非常に曖昧で定義しづらい力が必要になる.

役割と生き方スキルは別だ.例えばあくまでも例えばだけれどもある人は普段はデザイナーだと名乗っていないとする.じゃあその人はデザインができるのかできないかと言うと.デザインはできるとも言えないしできないとも言える.

これもまた何か資格がいるわけではないし最低基準がこれというものもない.もちろんそれがお金になっているかどうかということはあるけれども.しかしそれも結局環境による.

つまりその人はデザインのスキルは低いもしくは本人は低いと思っているし決してそれを職業にできるレベルではないと思っていて.実際に職業にはしていないけれども.しかしまあ何かのシーンにおいてチームの中においてデザインという行為を行わなくてはいけない時はある.

行わなくてはいけないというかまあ例えば他に誰もやる人がいなくてそのチームの中で一番マシなスキルだったから本人は別にデザイナーだとは思っていないけれどもそのチームそのプロジェクトにおいてそのタイミングにおいてデザインをするという役割を担うということはあり得るし.

2025-04-04

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