書く実験の記録

#663 重要と緊急と、必要

緊急と重要では測れないものがあるのではないか、と思った。タスク管理における考え方として、緊急かどうかと、重要かどうか、で4つの領域に分ける考え方がある。緊急かつ重要、緊急だが重要ではない、重要だが緊急ではない、緊急でも重要でもない、の4つだ。

今までこれに当て嵌めようとして、うまくはまらなくてずっとモヤモヤしてきたことがあった。ずっと、というとまあおかしいが、そんなにずっとそのことについて考え続けてきたわけではないのだが。まあとにかく、うまくはまらないな、と思いつつ、しかし明確な答えはない、という状態がずっとあった。

先ほどふと、一つの自分のモヤモヤの切り口が見えた気がしたのでここに書いておく。それは、必要かどうか、ということもあるのではないか、ということだ。必要かどうか、重要かどうか。

というのも、例えば、歯を磨くこと。これはまあ、重要だ。歯を磨かないと虫歯になるし、虫歯になると健康を害する。それは良くない。だから歯を磨くのは重要だ。

だけど、歯を磨くことが必要か、というと、これは必要ではない。これは誤解を招きそうなのでもう少し詳しく書く。

今の技術水準、今の人類の生活においては、今の人類においては、歯を磨くことは必要だ。でもこれは実は重要なことではないと思うのだ。

つまり、もし人類が進化するのか、何か画期的な技術が発明されるのかはわからないが、歯を磨かなくても虫歯にならない、健康を害さない、もちろん口臭などの問題もない、ということになれば、歯は磨かないだろう。

要は、今は必要だからやってるけど、なくせるなら別に無くなってもいいのだ。もちろん、これは人によるので、実は歯磨きがすごく好きな人がいて、亡くなると悲しい人もいるかもしれないけど、一般的には、というか自分的には、もし技術によって歯を磨かなくても全く問題がないようになれば、別にその行為は無くなってもいいと思うのだ。

そう考えると、そういうことはたくさんある。もちろん、生活のため、生きるためのことは概ねそうだ。私自身は仕事は好きだし、もし大金持ちになったとしても何か仕事めいたことはする気がするけれども、それは今やっていることの全てをその時にもやるということを意味しているわけではない。

正直言ってありがたいことに、今やってる仕事は投げ出したいつまらないものは一つもないし、全部やりがいはある。でも、この部分は誰かにお金を出してい依頼してもいいかな、という部分もやはりある。無限にお金があればより優先度の高いやりたい、やれることが生まれるかなとも思う。もちろん無限にお金はないんだけど。

ということで話が少し逸れたが、とにかく、僕自身が完全にそうであるということではないが、一般的には生活するための仕事という側面はそれなりにあるだろう。それは必要ではあるが、真に重要ではない。

一方で、時間やお金にたっぷり余裕があっても、やりたい、やれたほうが良い、ことはある。家族や友人と過ごす時間もそうだし、個人的なものづくりや達成したいこともある。それは、歯磨きと違って、きっと無くなってはいけないし、無くなっていいとは思えないものだ。

にもかかわらず、最初に書いた、重要か緊急か、という軸だけでは、ここの優先度がつけられない。つまり、歯磨きも、家族との時間も、どちらも同じ、重要の枠に入ってしまう。でもそれは本当は全然違うものだ。片方は何かの解決によって無くなってもいいものだし、片方はそうではないものだ。

2025-04-23

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