書く実験の記録

#666 メモの悩みと大人数での悩み

毎日いろんな瞬間にいろんなことを思っているはずだけどもその本当のことは忘れていってしまう。 できればそのままスマホとフォンを立ち上げて簡単にメモをつけるようにしているけれども、それでもやっぱりその瞬間瞬間に思いつくこと、思い出したこと、そんなことをすべてメモできるわけじゃないし、やっぱり頑張っても多くのことは消えていってしまう。

メモの方法というのは人それぞれいろいろあるだろうし自分もアナログなものを試したりデジタルなものを試したりいろいろやってるけれども必ずしもうまくいってるわけではないしデジタル主体だからうまくいってないのかなと思っていろんな人がアナログなものを試してみると結局一番常に持ってるのがスマートフォンであるという状況は正直言って事実であってそうするとスマートフォンのメモできるようにできたらいいんだけどなかなかそれを持っていけない。

オープンAIのサム・アルトマンは、アナログのメモ帳ポケットに入るサイズのメモ帳とペンを持っているという話があり、実際それが本当かどうかは知らないし、そこまで確かめる気もないんだけれども、そんな話があり、ある種その現在のテクノロジー企業の最も先端的な企業の一つであるオープンAIのCEOがアナログのメモ帳を使っているというのは、 なかなかしさ的な状況だなと思っている。

そんなことを知ってもちろん自分もとりあえず試してみようというタイプなので、それを聞いてよしじゃあもう一回アナログのMHを使ってみようかななどと思って一緒にやってみようとしたけれどもやっぱりうまくはいっていないなかなか難しい。

全然話は変わるんだけど、パーティーというか人がたくさん集まる場所そしていろんな人と話したりする場所においての振る舞いというのはなかなか難しい。 これを僕自身できるもしくはできていると思っている人はたくさんいるだろうし、それはとても羨ましいことだけども少なくとも自分はそれが得意だという自覚はない。

そういうことを自然にこなせる人は大変羨ましいが、一方でこれは爆発の問題であって慣れの問題でもあるし、心が持ちようというところもあるだからもともとその才能を持っているわけではないけれども、爆発を踏めば練習をすればなんとかなると思って頑張っている状況だ。

うまく話せない原因というのはいくつかあって、例えばそうだな自分の場合は相手のことをとても価値があるものだと思いすぎるとうまく話せないようなことがある。これはきっとあらゆる人間関係においてあるだろう。男女関係とかそういうものにおいてもあるだろうし、仕事の関係においてもあるだろう。

これはあくまでも相対的な話であって、相対的な価値の差みたいなものを大きく見過ぎてしまうとなかなか精神的に難しい状況になるということだ。 単純に相手を尊敬して価値を上げてもらうと考えることには何の問題もないしそれは常にそうすべきそれは良いことなんだけれども、それに対して自分の価値の見積もりが低いと、つまり自分と相手の価値の見積もりに大きな差があると、時間あたりの価値というか、出せばその人を10分間話すとして、10分間はその人と話すとして、その10分間の価値というものは自分にとってはもちろん価値があるんだけども、相手にとっては価値がないのではないかみたいな気持ちになって、そのようなことをずっと考えてしまうとなかなかそのコミュニケーションが難しいものとなってしまうように思う。

テストテスト 。なんか1回分の一段落分の魅力がもういかなくなって消えてしまったのが悲しい。

100% 毎日というわけではないけれども、こうやってなんだかんだで書くということを続けているのは、 なかなか意味がなくはない、何かしらあると思ってやっているけれども、呆れてしまうこともある。 しかし、出力したいことそれはもう書きたいとか、表現したいとか、そんなかっこいいものというか、大切そうなものではなくて、単純に尚美さんから出力したいと思っていることも。

しかし、出力されてしまうことが、それだけあるんだなということ自体に驚いている。そこに価値があるかどうかというのは、また別の問題で、多くのものは価値はないだろう。

2025-04-27

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