書く実験の記録

#671 音声入力の失敗 / 競争と名前

新しい音声入力の使い方をいろいろ試していて、今まで一度もやったことがないような大きな失敗を今してしまった。
そうは言っても、大きな失敗といっても何か金銭的な損失が発生したとか、仕事で大きく人に迷惑をかけてしまったということではないので、それについては自分自身が落ち込む、少し損をしてしまう、少し失敗をしてしまうというだけで済んでよかった。

具体的には、数分間入力していた音声入力のテキストがまるっと消えてしまった。
それは今、新しいツールを使っているので、今までにはまだやったことがない失敗だった。
そういう意味で言うと、この消えてしまうというのはもちろん問題なんだが、履歴みたいなものが――少なくとも全てではないとしても一部でも――残っていると、それはいろいろやりやすいのではないかということを思っている。

もともと何を話していたのか、もともと何を書いていたのかということを少し思い出してみると、だいたいこういうものは思い出しながら言ってもあまり面白くない。
より整理された、より洗練された文章になったり内容になったりするということはあるんだけれども、一番最初に出てきたような荒々しい、整理されていない状態というものの面白さというか、悪魔みたいなものは失われてしまうような気がする。

まあ、もともと何を考えていたのかな、何を書いていたのかなというと、そういえばそうだな。
1日は24時間で、睡眠時間を7時間に設定してみているけれども、それは6時間でも8時間でもなくて、正解がよくわからないからとりあえず7時間にしてみるということなんだけれども、そのこととコロナの間にみたいな感じでこうやって要約して話してしまおうとしていることはあまり良くないし、面白くはないのでこの話はもうやめよう。

最近、新しいAIのツールが出て、日本語のポッドキャスト的な音声が簡単に生成されるようになった。
何かを学ぶ、自分が何かをインプットするのにはすごくいいけれども、なんかそうだな、そういったもので失われるものもあるように思っている。
コンテンツ自体を作ることが簡単になったのであれば、それをどう届けるか、どのように選んでもらうのかということが大事になる。

つまり、作る部分の勝負ではなくなってしまうということだ。
これはあらゆるコンテンツにおいて、あらゆる何かものづくりについてあって、やっぱり希少性というものが失われると次には別の競争が発生するということになる。
その状況が面白いかどうかというのは、まあ次の別の話だ。

というものについて、Googleが検索エンジンというものについて世界で初めて作った会社ではないということはよく言われる。
それは何事も一番最初に始めた会社が成功するわけではない、一番初めに始めた人間が成功するわけではないということの例えとしてよく使われる。

PayPalを作ったピーター・ティールの言葉だったか考え方だったか分からないけれども、とりあえず本で読んだ気がしていて、とにかく競争が存在するということ自体が良くないというか、競争が良くないとは別に言ってないと思うし、言ってないが、例えば自分が作ったプロダクトであるとか、何かそういうものについては競争から逃げるのだ、みたいな話をしていたような気がする。
つまり、これは意訳というか非常に平たく、間違っているかもしれないけど、私の解釈を言うと、競争が発生している時点でそれはコモディティであるということだ。

今の話でいうと、ポッドキャストというものは、最初は誰かが発信して、そしてそれを作ることがすごく大変だった時代もあるだろうけども、ここに来てもはや人間の手を使わずに話すことは必要がなくて、といっても英語圏ではだいぶ前からあったんだけれども、日本語においてこの精度でこれだけの自然さで作ることができるようになった。
そして無料で作れるようになったというのは非常に大きなインパクトなので、これで作るということのハードルは非常に下がるんだけれども。

その結果として、作るという部分の競争はコモディティになって、あとはどう届けるのか、どう選ばれるのかということの競争になってくるわけだ。
それはつまり逆に言うとオリジナリティがないというか、根本的なそのドメインにオリジナリティがもうない状態になるということになるだろう。
これはなんかよく僕が別のことについては思うんだけれども、「名前がまだないことをする」ことの大事さということにもつながるんじゃないかと思っている。

つまり例えば私たちは、私は何々をするアーティストです、もしくは私はなんだろうな、すごく適当に言うけれども、豆腐を使った彫刻家です、というようなことを言ったとして。
しかし、いやちょっとこの例えはあんまり適切じゃないな。
例えばだけど、豆腐を使った彫刻家の固有名詞というか説明するものはまだ存在しないから、それはある種非常にオリジナリティがあるし、競争がない状態かもしれないんだけれども。

とにかく一般名詞としてそれがもう存在する職業とか何かそういう行為みたいなものがある。
例えばこれは全然弁護士を揶揄するつもりはなくて、彼らは非常に必要だし、とてもすごい人たちなわけだけれども、例えば分かりやすく言うと国家資格があるような弁護士とか。

そういったものは――この例えがあまり適切ではないような気が今しながら書いているけれども――とにかく弁護士というものは完全に定義がされているわけだからコモディティなものであって、そこには非常に競争があるわけだ。
もちろん国家資格であるがゆえの、もしくは誰でもなれるわけではないということのハードルの高さ、参入障壁の高さがあるから、別に極めて競争が高い業界の一つであるというつもりはないし、とにかくあまりこの説明は適切ではないなと言いながら、そろそろ時間がないのでここで終わりにする。

2025-05-03

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