#692 結合とトラブル

すぐに書き始められる時もあれば、困ったことに何も出てこない時もある。そして、すぐに書けない場合が、何も出てこない時ばかりだとも限らなくて、いろいろなことは頭の中にあるけれども、どれもこれも書くのに適さないテーマだなと思ってしまって、書き出しができない時がある。
そんな時はこのように、そのこと自体を書くことによって、メタな文章を書くことによって、ややお茶を濁して、とりあえず何でもいいから書き始めるというようにしているわけなのだが、これはごまかしであるということは間違いがない。
「やらないよりはやる方がマシだ」と言うけれども、本当にそうだろうか。とりあえずやる、とりあえずやってみる、とりあえず試しにやってみる、やるだけやる。今日の数を増やすと、当然リスクが増える。
もちろん、何もしない場合は「何もしないことを選んでいる」わけだから、それも一つの行動であって、それはそれでリスクがある。だから、行動することだけが危険なわけではないけれども、行動のポジティブな面が強調されすぎなのではないかと思うことはある。
最近、自分が話している動画を見て、ややうんざりしてしまった。もともとあまり好きではないので見返すことはないんだけれども、そうは言っても見返して、それを受け止めて改善することができると良いと思うし、しかし今回はそのような高い意識を持って見たというわけではなくて、覚悟を持って見たというわけではなくて、まあ単純にちょっと新しい試みがあったので、それを別の目的のためにやむを得ず見たのだ。
しかし、そこにあるのはやはり、なんだかさえない喋り方の自分であって、そうは言ってもここはトレーニングで何とかなる部分ではあるから、どのような方法かは分からないけれども、何とかしようと思うのである。
そして、その一つの方法として意味があるなと感じているのは音声入力である。音声入力は、どうしても滑舌が悪いと、それだけ認識の精度が悪くなる。滑舌が良いと、発音がきちんとしていると、コンピューターがそれを聞き取りやすいということになるので、当然認識の精度も上がる。
コンピューターと人間は同じではないけれども、まあやらないよりはマシだ。しかし、これもまた「とりあえずやってみる」ということの行動のポジティブな側面だけが強調されすぎてはいるのではないだろうか。
いろんなことをすれば、いろんなリスクがある。誰かとトラブルになったり、詐欺に引っかかったり、騙されてしまったり、失敗したり、何かを壊してしまったり、何かを買いすぎてしまったり、もういろんなものがあるだろう。いろんなトラブルがある。
それは、何もしないよりは格段にトラブルは増える。外部と接触を持つということ、外部とやり取りをすること。トラブルが起きるのは多くの場合、システムのことを考えても外部と接触している部分だ。
もちろん、そのような部分がないとしても、アプリケーションの内部でトラブルが起きることはあるんだけれども、しかしそれもまた、あるアプリケーションの内部だとしても、ある機能とある機能が接触している部分であるとか、どのくらいの粒度で細かく見るのかということで言うと、いろいろなことが結局外部とのやり取りで発生しているということが多いと言ってしまってもいいかもしれない。
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