書く実験の記録

#705 「書く」が書かれるとき

最大多数の最大幸福…みたいなことを考えていたら、もうこんな時間だ。今、「ここ」に集中することと、功利主義について想いに耽ることは、今の自分にとってどちらが必要なことなのかというと、とりあえずエディタを開いたんだから文章を書け、と自分に言い聞かせている。

文章を書くというのは、文章が出来上がるということです。というような、よく揶揄される某政治家のような構文をやりたいわけではないのだが、とにかく文章を書く、ということは、文章が書かれるということであり、書かれて文章が発生するということだ。

出来上がる、ということだと言いたいところだが、出来上がるとは限らないし、出来上がらないかもしれないし、そもそも出来上がっているかどうかの基準はどこにあるんだということになる。

何かをはかる。ということは、そもそもはかれるものしか測ることができないし、測れるものが測るべきものだとは限らない、ということを考えるシーンによく出会っている。

何かを評価すること。何かを選ぶこと。そう、何も選ぶ必要がなければ、何を評価する必要はないのかもしれない。

無限の時間とリソースと能力を持っている自分だとすれば、何も選ばずに、全てを行い、全てを作り、全てを手に入れると良い。そうすると、そこには何かを評価する必要はないのかもしれない。

もちろん感覚的に好き嫌いは自分の中から生まれるだろうが、湧き出てくるだろうが、それは評価とはちょっと違う。

2025-07-19

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