書く実験の記録

#778 忘れたこと、忘れられないこと

また昨日、何かいいテーマを思いついていた気がするのだが、完全に忘れてしまっている。今は「思いついた」ということだけは覚えているので、大変残念だ。

こういった経験は非常に頻繁にあるので、とにかくメモをすぐに取らなくてはいけないと思っているんだが、思っているんだけれども、残念ながらなぜかそのことを忘れていたり、少し面倒くさがってすぐにメモを取らなかったりして、結局残らなくなってしまう。思い出そうと1分ぐらい粘ってみたが、どうしても思い出せないので、諦めることにしよう。いつかまた思い出すことがあるに違いない。

ところで、この「忘れる」ということについては、私はポジティブに思っている。すべてのことを覚えていられる人間というものがいたとして、というか、そういう特別な能力を持ってしまったがゆえに、あらゆることを細かく覚えてしまっているがゆえに苦しんでいる人、というものを昔何かで見た気がしている。しかし、その情報ソースが正しいものだったのかということは今ちょっとわからないんだけれども、自分ごととして考えることは、自分にはその能力がないので絶対できないけれども、想像するに、自然に何かを忘れていくというのは必要なことだ。

わかりやすいところで言うと、辛い思い出や感覚みたいなもの、嫌な思い出とか出来事とか、そういったものも時間が経てば徐々に忘れることができて、それはやはり「忘れることができる」ということが間違いなく役に立っているだろう。それがなかったら、嫌な思い出はずっと抱えて生きていかなくてはいけないからね。

しかし、そうは言っても、やはり忘れられない嫌な思い出というものはあって、何か失敗した瞬間、失敗に気づいてしまった瞬間とか、何かを口に出してしまって、つまり話してしまって、「あ、失敗したな」と思った瞬間みたいなものは未だにある。時折よみがえるものはいくつかあって、その失敗というものは、周りはもう誰も覚えていないようなことであっても、自分にとってはそういうふうに何度も思い出してしまうようなものだ。

失敗というか、まあ何だろうな、失敗は必ずしも悪いわけではない。何かを試そうとすると当然失敗はあるわけで、むしろ失敗がないことのほうが、何も試せていないということだから、それは良くないんだけれども、それにしても、まあその嫌な冷や汗が出るような経験として、恥をかいてしまった瞬間であるとか、そういったものを思い出してしまう、未だに思い出してしまう瞬間があって、しかし全く同じかそれ以上の失敗であるにもかかわらず、全く思い出さないものというものも当然ある。

今、私がいくつか思い出せる嫌な経験、嫌な瞬間みたいなものも、冷静に考えてみても別にそれがとても大きなものだとは思えないし、にもかかわらずそうやってずっと嫌な手触り、嫌な感覚、あの冷や汗をかくような気持ち、そういったものと一緒に覚えているっていうのは、これはどういうことなんだろうか。そんなふうに、おそらくもはや誰も覚えていないような些細なことであってもずっと覚えているものと、人も覚えているような大きなことだけれども、しかしもう覚えていないようなことっていうものの違いは、どこから来るんだろうか。

2025-11-04

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