#783 まるで導かれたように、たまたま

今読んでいる本は、なぜだか所々で「ああ、まさにこれは今の自分に関係がある内容だ。今これは自分が知りたかった内容だ」と感じてしまう。それは非常に不思議なものだ。
もちろん100%の本でそれが起きるわけではないし、ここでいうのは別にそういうことがスピリチュアルな感じで、何か超自然的な形で起きているというようなことではなく、いろいろな要素が絡み合って必然的にそうなっているのだ、という話だと思っている。
そもそも究極的には、これはあくまでも自分がそのように思ったとか、あくまでも自分がそのように感じたということでしかないがゆえに、別にそれ以上の何かではない。結局、思い込みの話であって、では自分がなぜそのように思い込むのか、ということにポイントがあるんだろう。
しかし、そうは言ってももちろんそれだけではないと思っていて、さまざまなアルゴリズムであるとか、そういう自分の外部にあるものにも、今の時代にはそのように思わせる、もしくはそれを助けるような道を導くような仕組みというものが随所にあって、しかしそれが良いものなのか悪いものなのか。
例えば自分が読む本というのは、そもそも本屋に行って何か本を探して見つけて――いや違うな、探してというよりは本屋に行って何か本を買うとして、行く前から決めていた目的の本があるわけではない場合というのは、その本屋で本に出会うわけだけれども、そこにはやはり自分が気になっているものが気になるという当たり前の効果もある。
そしてその本屋というものは、その本屋の店員さんが選んで並べているわけで、そこにももちろん人の意思というものが滞在している。
だから、この世にある全ての本というものがまっさらな形で、全くフラットで見つけられない形で自分の前に提示されたときに――物理的にそもそも全くフラットな形で、つまり順番などもなく提示されるというのはありえないわけだけれども――しかし例えば思考実験としてそのようなことが起きた場合に、そのときに自分は本というものを選べるのだろうかというと、そもそも人間は選択肢が多すぎたら選べなくなる。選ぶこと自体をやめてしまうわけだから。
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