#799 何かから取り残されているという感覚

なんだかふと、自分だけが何かから取り残されているような、そんな気持ちになる瞬間というものは昔からある。多分、多くの人が、というと語弊があるかもしれないが、それなりの人が、少しは、たまには、そういう瞬間があったりするのではないだろうか。
取り残されているという感覚というものは、そこには必然的に誰かとの比較があるだろう。もしこの世界に自分しかいなければ、取り残されているというものはないし、そういう感覚はないだろう。まあ、その一人というものは、自分だけが残されて、それ以前は誰かがいたのであればもちろんそうなんだけれども、もし生まれてから一度も自分以外の人間に会ったことがない、自分以外の人間が存在しない世界であれば、取り残されているという感覚は存在しないだろう。そうであるならば、何かから取り残されている、誰かから取り残されている、どちらか分からないけれども、とにかく取り残されているという感覚というのは、やはり他人の存在があってこそ感じるものである。
そして、もっと言うならば、一つはそれはもちろん切り口の問題であって、何において取り残されていると感じるのかということ自体は、それは自分が決めているものだ。だから、ある部分では取り残されているかもしれないし、ある部分では取り残されていないかもしれない。つまり、それはそれってあなたの感想ですよね、というインターネットミームではないけれども、あくまでも自分の内心にあるものだ。しかし、例えばだけれども、すごく分かりやすい例で言えば、学校のテストみたいなものがあったとして、それで仮に言うけれども、自分以外の全ての人間は徐々に点数が上がっているけれども、自分だけが一切上がっていないというようなことがあれば、それは数値的な指標によって、取り残されているということが明確化されているということになるし、全てにおいてそれが自分の感じ方次第である、というようなことはできないと思う。
実際にそういうこともあるだろうけれども、もう一つは、事実として取り残されていた場合だとしても、それは本当に悪いことなのか、ということだ。もちろん、それが永遠に続いてしまうと辛いし、辛い気持ちはあるし、けれども、何というか、どうしたって自分より優れた人間というものは多くの場合存在するし、自分が世界一の人間じゃない限り、世界一の人間ただ一人以外は、自分より優れた人間というものは存在することになる。今、あらゆる分野において、一人を除いて全ての人間には、自分より優れた存在が存在するということになる。例えばだけれども、ある環境において、もしずっと自分だけが何かこう前に進んでいる、というか、その前とは何なのかというのはよく分からないけど、もし自分以外が自分より優秀ではない、という状態を感じ続けているとしたら、それはその環境が問題な可能性はあるし、もしくは自分が世界一なのかもしれないけれども。
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