書く実験の記録

#807 嫌いと苦手

正月におみくじを引いた。今年の重要なキーワードは勤勉と倹約とのことだった。どちらもやっているような、やっていないような感じだけれども、改めて問い直すのは悪くないだろう。他にもまあ色々な項目があるので、そしてあまり覚えていないけど、去年よりは良いことが書いてあったような気がする。

ふとした時に過去の失敗を思い出すということについて、以前触れたことがあるが、昨日また新しい、別の過去の失敗した瞬間を思い出してしまった。そう言いながらも、ではそれが何の瞬間だったのかということを、今もう忘れてしまっているんだけれども、とにかく何かの折に過去の失敗が頭によぎっている。まあ、すぐに忘れてしまうぐらいだから、大した問題ではないのだろう。

新しい人に会うと、新しい人生があって、人それぞれ違うやり方があって、尊敬する人もいるし、叶わないなと思う人もいるし、自分はそれはまだできていないけれども、その試みは面白いねというものもあるし、自分もやってみようかなというようなことをやっている人もいるし、まあ今ちょうど同じぐらいのチャレンジをしてるんだという人もいれば、自分と同じ弱さを抱えていると感じる人もいるし、自分が過去に経験したことを今まさに経験しているのだなと思っている人もいるし、自分が何か手助けになれそうだなと思う人もいるし、何かできそうなんだけれども、うまく道筋が立っていないというか、目の前が見えていない、混乱している、混雑している道筋を立ててあげたらいいのかなと思うようなこともあるし、この人はどういう人生を歩むのだろう、歩もうとしてるのだろうという人もいれば、ちょっと苦手なという人もいるし。

そして、この苦手というのは重要な感覚だと思っていて、よく人に言うんだけれども、私には嫌いな人と苦手な人がいる。当然それ以外もいるわけなんだけども、嫌いでも苦手でもない人っていうのは当然いるわけなんだけれども、自分の中では嫌いというのと苦手というものを明確に区別している。

まあ、嫌いというのは嫌悪感だ。悪を嫌う感情ということだね。例えば、道路に汚物が落ちていたら、まあ嫌だなと思うし、それは嫌悪感だと言っていいだろう。しかし、ではこの場合に嫌悪ではなく、苦手であるということを例えるならば何だろうか。なんだかすごくちぐはぐな看板が立っていたりとか、何かこう合理的ではない、本来こうすべきではない、もっと良い方法があるはずなのにそうなっていないものであるとか、そういったものを見ると、嫌いとは違う、しかし好きではない何かの感情が湧いてくる。それを苦手だと呼んでいる気がする。

つまり、そこには価値判断が含まれるわけだね。と言いつつも、もちろんその何が嫌いで何が嫌いではないかということも、何が役に立って何が役に立たないのかということも人によって違うし、まあそんなことを言ってると、単なる相対主義の話になってしまうんだけど。

2026-01-19

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