書く実験の記録

#820 仕事と友人

仕事上の人間関係というものは、やっぱりどんどん入れ替わっていくものだなと感じる。これはもちろん私個人の資質の問題もあるだろうし、それが問題かどうかと言うと、別に問題でもないとは思うんだけれども、とにかく私個人の資質による部分もあるだろうし、もちろんそうではない部分もあるだろう。

しかし、仕事というものはやっぱり何か目的を持って達成するものだ。良い目的もあれば悪い目的もあるだろうし、大きな目的もあれば小さな目的もある。別に目的なんかなくて、生活のためにしているだけの仕事というものもあるだろうし、それはそれで、しかし生活のためにお金が入る、そのためにお金を得ている以上は、何かをなしているわけだ。バリバリ仕事をしている人もいれば、会社の中でのんびりしている人もいれば、いろんな人がいるんだとは思うけれども、とにかく様々なことを言い出したらきりがない。

大きく言うと、やっぱり仕事上の人間関係というものは入れ替わっていくものだなと感じる。それと同時に、仕事上の人間関係ではなくなった瞬間に友達になることができて、そこからむしろ仲良くなる人というものもいる。これはもちろん自分の場合の話であって、そもそも仕事をしている間にも仲良くなれる人ができる人もいるだろうし、そうではない人もいるだろう。

それはやっぱり仕事をしている以上、どこかで理解がぶつかったり、利害がぶつかったり、やり方についての意見が対立したりして、とにかくお互い目的は一致しているんだけれども、何かがぶつかる瞬間というものは当然ある。しかし、それでも飲み込む瞬間はもちろんあるので、そういう時にどのくらい受け入れられるのか、何かを許せるのか、どのくらいうまくやれるのかということは、それ以前の人間関係に依存している、ということももちろん言える。

しかし、これではあまりにも前置きが多くて、よくわからない話をしているなと自分でも思うので、一旦すっきりさせてみよう。仕事上の人間関係は入れ替わっていく。友人関係は入れ替わらないとは全然言えない。友人関係も入れ替わっていくし、仕事上の人間関係も入れ替わっていく。しかし、その入れ替わり方というものは、何か違うように思う。

仕事上の人間関係というものは、やっぱり何かをなそうというものであって、逆に言えば、目的が一致しているうち、協力するメリットがあるうちは、一緒にやることができる仲間としてやることができるだろう。しかし、そこが一致しなくなったり、一緒にやるメリットがなくなってしまったら、やっぱり仕事としては一緒にやることはできないだろう。

友人関係というものは、今想像を巡らせても、別に何か一緒に仕事をしているわけでもない。だけれども、大人になってしばらく経つと、特に目的もなく、利害関係もなく、というと少し問題で、それは少し間違いだ。害があったら、さすがにもう付き合いは続かないわけだからだ。

だから、「利害がない」というのは間違っている。「利益もないし害もない」ということか。いや、違うな。「害がない」ということか。利害関係がないということは、利益もなければ害もない、ということになる。しかし、それだけでは友人として成立はしないし、続けることはできない。では、友人とは何なんだろうか。なぜ友人は、友人であり得るんだろうか。

2026-02-10

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